(1)始まりと出会い

2001年の6月にルルの家族は居なくなりました。
”夫婦揃って悪事をする”この地域では有名な家で、
ある日とうとう警察に連れて行かれたのです。
それは地元新聞にも出たので、あっという間にニュースは広がりました。
( 確か、あそこの家には犬が居たよね…)


しばらくの間、近所の人たちの間でそのニュースは話題になりましたが、
”そこの家の犬”について知っている人は誰も居ませんでした。
皆そこに犬が居たことすら知らないのです。高く生い茂った垣根の奥。
しかも隣の家と家との間の狭いスペースに小さな小屋を置かれたルルの姿は
外を通る人から見ることが出来なかったのです。


そこに犬が居ることをどうして私が知っていたかと言うと…
その家には以前、白い犬が居て、エルザとの相性がとても悪く、散歩で通ると
いつもワンワンと吠えられていたのです。
他の犬とも大人しく付き合えるエルザでしたが、そこの家を通る時だけは
5,6メートルくらい前から毛を逆立ててグイグイとリードを引っ張り、
「いつでもかかって来い!!」の戦闘体勢に入りました。
いつの頃かその白い犬の気配が無くなってからも、その家を通る度に
鼻息を荒げるのは続いていました。
(あの犬の匂いがまだするのだろうか…。よっぽど相性が悪かったんだなぁ…。)
「エルちゃん、もうあの犬は居ないんだよ!」


新しい犬が居ることに気が付いたのは2000年のいつ頃だったのか
記憶していないのですが、何気なく垣根の方に顔を向けた時、
その隙間から奥の方に仔犬がいるのが見えました。
「ここの家、また犬を飼ったんだ」


その仔犬は私たちが覗いているのが分かったようで、
一生懸命小さな尻尾を振っていました。「可愛いなぁ~~♪」
(でもここのお家じゃ可哀想だけど…)


思えばこれが私とルルの一番最初の出会いでした。
この時ルルは生後何ヶ月くらいだったのでしょう。
飼い主に覗いている所を見られでもしたら因縁をつけられるぞ…と
気が気ではなかったので、私はルルの顔を全く覚えていないのです。
私に向かって尻尾を一生懸命振っていた姿だけが今でも印象強く残っているだけです。


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あそこに犬が居ることを私以外の人が知らないとすると…
あの犬はどうなってしまうのだろうか?
気になって気になって仕方がなく、両親に話をしてみる事にしました。
「ねぇ、あそこの家には犬が居たよね? あの子、どうなってるんだろう?」
家に連れてきても良いか…と私に聞かれるのを、二人はすぐに察したようで、
父は、「やめてくれよ。家じゃエルザが居るんだ。面倒なんてみられないよ。」 と言い、
母は、「あそこにはお嫁に行った娘さんが市内に居るって言うから、大丈夫だよ。
いくら何でも娘さんが餌をくれに来てくれるよ。」 と言いました。
「そうか…。そうだよね。娘さんが面倒をみるに決まってるよね。」
私はそれを聞いて胸騒ぎと罪悪感からようやく開放されたのでした。


そんな話をしてから1ヶ月半くらい経った頃でしょうか。 何とお嫁に行ったその娘さんも
親と共犯だったと言う事で捕まっていたことが分かったのです。
私の中の胸騒ぎは前よりももっと大きなものとなって、一気に戻って来ました。
あれからかなり経つ。 7月、8月のこの猛暑の中を生きているだろうか?!
とても怖くて一人では確認に行く勇気がなく、知人に付き合ってもらい、
外が真っ暗になってから懐中電灯を持って出かけて行きました。
恐る恐る例の場所を照らしてみると、闇の中にこちらを見て一生懸命尻尾を振る、
その子が居ました。 (生きていてくれた!!!)
最悪の事態を予想していた私は胸を撫で下ろしました。


YDR(横浜ドッグレスキュー)の北浦氏から紹介されていた、Ⅰさんと言う
地元の犬猫をレスキューしている方に相談し、即日保護という事になりました。 
しかし、相手が相手なので後々大事になる可能性が考えられると言う事で、
北浦氏がきちんとした書類を作成して下さいました。
犬の所有権を始め、この犬に関する一切の権利を放棄すること、
新しい飼い主が誰なのかけして探さないこと等々、里親となった人が完全に
守られるようにと、その内容はとても安心できるものでした。
その書類をⅠさんが警察暑まで持って行って下さり、
警察官の確認のもと、飼い主からサインをもらいました。
さらに念には念を…と警察の方から”間違いなく確認した”という
警察官の署名捺印まで付いた確認書まで付けてくれたのでした。


2001年から犬にかかった金額と共に簡単な覚え書きをつけた手帳があります。
そこに…
「 平成13年8月3日 リンダが家の子になる  父親は一時預かりのつもり 」
「 平成13年8月6日 ルルがうちに来る  家族一同が一時預かりのつもり 」
と、あります。
ルルは当時、一時預かりのつもりでした。 3日前にリンダを引き取り、父親には
「リンダはちょっとの間預かるだけだから。」 と母娘で騙している最中。
同時期に2匹の犬の里親になるなんて、とても無理な話でした。
エルザは年を取っているし、椎間板ヘルニアが酷かったので
ゆくゆくは介護…という事も頭の中にはあったのです。


ある日、ドッグトレーナーにルルを見てもらった時、
「この子は(私には)難しいだろうな…。」と、言われました。
別の日に他のトレーナーの方にも同じようなことを言われました。
奴は本当に手強かったのです。 成犬で、人に対しての不信感、恐怖心を刷り込まれて
育ったであろう事はリンダと同じなのに、人に対しての反応の違いはまるで正反対でした。
怖いからすぐ腹を見せて降服してしまうリンダ。 怖いから歯を見せて構えるルル…。
尻尾をあんなに一生懸命振ってくれた犬とは思えない、体を触られる事への
過剰な反応の仕方でした。


「この子を家庭犬として可愛がってもらえるように躾けて里子に出す。」
前途多難な日々を想像すると(大丈夫か?私に出来るか?)と言う不安は
ついて来ました。でも、何故か不思議に ” 諦めずにやってみよう ” という気持ちは、
すでに固まっていたのです。
この犬と向き合うことは、犬に対する愛情と根気を試される機会を与えられたような…
そんな気がしていたからです。


この子を保護する為にⅠさんと行った時、小さな小屋の前には
取り替えられたばかりと思われる飲み水が置かれていました。
(誰かこの子の面倒を見ていてくれた人が居るんだ…。)
突然居なくなっていたら心配するだろうな。悲しまないだろうか…。
そのことがとても気掛かりでした。 数日後、あの家のお隣を訪ねてみることにしました。
勇気を出してチャイムを押し、「お隣の犬のことでちょっとお聞きしたいのですが。」
と切り出すと、そこの奥さんがいろいろと話をしてくれました。


以前に飼われていた犬の時から散歩は勿論、餌もろくに与えていなかったこと。
平気で犬を置いて何日も留守をしていたこと。
そして自分達は食べ物を与えたりしたこともあったが、飼い主から当てにされるのが嫌で
いっさい手を引いてしまったこと…。
「犬には可哀想だけど、かかわりを持ちたくなくてね…」
かかわり合いを持ちたくない気持ちはよく分かりました。お隣同士なら尚更だったでしょう。
(そしたら誰がこの子の面倒をみていたのだろう)


「この子に餌を持ってきてくれた人をご存知ですか?」 と聞くと、
「さーねぇ…」 と首を振られてしまいました。
結局分からずじまいで終り、それから2ヶ月半が過ぎていきました。



私は2001年春に引き続きYDRへの寄付金集めに10月25日から6日間、
空き倉庫を借りてチャリティーバザーを開いていました。
昼間の数時間はルルも店番犬として一緒に連れて行きました。
そんな、ある日。店先に繋いでおいたルルが突然凄い声で鳴き出したのです。
全身がブルブルと振るえ、尻尾は引きちぎれんばかりに振っています。
もうリードが外れて道路に飛び出しそうな勢いなのです。
この激しいリアクションに一体何が起こったのか駆け寄ってみると、
外に陳列してあるバザー商品を眺めている年配の女性に向かって
鳴き叫んでいるようでした。
「こっちを向いて!私に気が付いて!」
……ルルは本当にそう言っているように見えました。
私は( ドキッ )としました。ルルを知っている人には違いない。
でも、元の飼い主と繋がりのある人には知られたくないと思っていたのです。


この子の尋常でない鳴き声に気が付いたその人は、ゆっくりと犬の方に
近づいて来ました。二本足で立ち上がり、自分に向かって両手を空中で
一生懸命もがいている犬を何ともいぶかしげに、しばらく黙って見ていました。
私もじっと黙っていました。・・・・・やがて、
「このワンちゃんはお宅のワンちゃんですか?」
少し腰をかがめてルルに手をやりながら、私に尋ねてきました。
(あ、やっぱりきたな…)と内心ドキドキしつつ、「はい、そうです。」と言うと
「失礼ですけど、保健所かどこからか引き取ってこられたのですか?」
と聞かれてしまいました。その質問にハッキリと答えることが出来ない私に、
その女性はとても静かに、ゆっくりと話始めました。 


「家の近所に餌をもらっていない犬が居ましてね。
その子に餌を持って行っていたのですが…その子に良く似ている気がして…。」
「その子…何て名前だったんですか?」飼い主にサインしてもらった書類には、
それまでのルルの呼び名が書いてありました。 
もしもこの人がルルの昔の名前を知っていたら私は全て黙っているつもりでした。
「名前は知りません。いつも夜遅くなってから持っていったので…」
それを聞いたとたん、それまでの緊張と入れ替わるように熱いものがこみあげて来ました。
(ルルの命を繋いでくれた人にようやくめぐり逢えた!)


「実は、この子はその犬です。」
この子に餌を与えに来てくれた人が、犬が居なくなった後きっと心を病むに違いないと
保護をした時からずっと気掛かりだった事を伝えました。
案の定その人は、誰かの通報で保健所に連れて行かれたに違いないと思っていたようで、
もっと美味しい物を食べさせてあげれば良かったと、様々な後悔で毎日胸を痛めて
泣いていたのだそうです。私とその人はそれぞれに持っていた胸の痛みや気掛かりが、
感謝の言葉となって、涙となって溢れだしました。
バザーを手伝いに来てくれていた従姉妹も、そこに居たお客さんも
一緒にもらい泣きしていました。



ルルの前に飼っていたあの白い犬の時から、食事を与えない飼い主に代わって
餌を持って行ったのだそうです。真冬のとても寒かった日に、その白い犬が
凍死しているのを見つけ、葬った事も話してくれました。
飼い主は犬を置いたまま長い事留守にしていたそうです。


「犬が亡くなっていた事、自分が葬った事、もう二度と犬を飼わないで欲しい事を
手紙に書いてポストに入れたのですが、新しい犬をまた飼ったらしい…
と言う噂を耳にしたのはそれから間もなくでした。
『もう、行ってはいけない!お前が行くから当てにされるんだよ。』
…と主人にきつく止められていたので、新しい犬にご飯を持っていくのは控えていました。
でも、新聞で警察に捕まった事を知ってから、主人に隠れて夜遅くに
餌を持って行ったんです。」


(この方が足を運ぶのを止めていた間、ルルに食べ物を与えに通っていたおじいさんが
居たようです。このおじいさんとルルが再会した時も、ルルのリアクションですぐに
それが分かりましたが、残念ながらおじいさんにはルルがもう理解できませんでした。)


命の恩人であるこの女性は、再会のひと月後にここからだいぶ離れた土地に
引っ越しされました。ルルはまるで何かに守られるようにして
命のバトンが数人の人に渡っていき、今日があります。
誰かがひとりでも抜けていたら、ルルは今頃存在していなかったでしょう。
私の姉がルルの顔を初めて見た時に、こんな事を言いました。
「この犬は徳のある顔をしているね。」…と。


”上手に散歩が出来ない”、”警戒心が抜けず、お腹を見せない”、
”体のあちこちを触らせない””嫌だとすぐ咬みつく”等々、問題をたくさん抱えたこの子に、
その年の年末「里親になっても良い」と申し出てくれたご夫婦がいました。
まだまだ家庭犬としては難しい状態でしたが、それでも良いと言って下さったのです。


「今日は連れて帰りたい」と言ってご夫婦が家にみえた時
計らずも私の目からボロボロと大粒の涙がこぼれてしまいました。それを見たご主人が
「その涙を見たら可哀相で連れて行けないよ。あんたと犬を引き離せないなぁ。」
と、渋々諦めてくれたのです。
家の両親がこのご夫婦の申し出を大いに喜んでいたのを知っていた奥さんは
私をかばうために「お父さんとお母さんには、他の家族に反対されたって言って置くからね。
ellsちゃんが泣いたことは黙っておくから心配しなくて良いよ。」とまで言ってくれたのです。


かくして問題多き、徳のある犬はこんな経路をたどり、ついに私の子供となったのでした。
人との出会いに縁があると同じように、犬や猫との出会いにだって縁があります。
ルルもリンダも全く予期しなかった出来事でしたが、実はお空の向こうでちゃーんと
仕組まれた出会いだったに違いないのでしょう。
一見困難と思えたこの犬との出会いは乗り越えてみれば、今まで味わったことのない程の
充実した幸福感を私に与えてくれます。
今は唯々、この子を私に与えてくれた見えない力に感謝する毎日です。


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